九州の古楽とオルガン

九州で古楽器演奏とオルガンが聴けるコンサート情報を集めています

愛とは

広響定期でカレル・フサ『プラハ1968年の音楽』を聴いてきました。

中学生の頃に吹奏楽コンクールの自由曲として出逢い、音楽に込められたメッセージがとにかく強烈で、忘れられない曲です。

指揮者の下野竜也さんは、2014年に管弦楽版の日本初演をなさったそうで、日本におけるこの曲のエバンジェリストのおもむき。
その下野さんが広島でプラハを!と知って、かならず伺おうと決めていました。

開演時に、おそらく急遽決まったと思われる、下野さんによるプレトーク
実は他のプログラムはまったく見てなくて、東欧つながり?と思っていたのですが、その狙いが明かされました。
とにかく「愛」なんですね。広響さんの今年度のテーマが「愛」だそうで、ぴったりです。

1曲目、スメタナ『わが祖国』終曲ブラニーク。
プラハと同じく祖国愛を歌った作品ですが、この終曲(と第五曲のターボル)には、プラハでも繰り返し登場する『フス教徒の賛歌(汝ら神の戦士)』のメロディが使われてるのです。知らなかった!しかし東欧って昔からずーっと他国の干渉にあってるのですね、大変だ…。

2曲目、ブルックナー『弦楽五重奏曲ヘ長調』より アダージョ弦楽合奏版)。
これはとくにメッセージ性はないですが、とにかく美しいので聴いてほしいとのこと。ブラニークの後に聴くと、祖国をとりもどした安堵感や平和の尊さを感じることができました。

休憩を挟んで3曲目、ドヴォルザーク『我が母の教え給いし歌』(管弦楽版)。
こちらは祖国よりもっと身近な母の愛がテーマ。とても聴きやすく、美しいメロディで、次のプラハへとattacaで演奏されました。

4曲目のプラハは期待を裏切らない大熱演。
スコアを見たわけではありませんが、金管打楽器群が侵攻してくる武力、それにたいして弦楽器群がほんろうされる市民たち、という構図なのかなと感じました。
打楽器がとても活躍しますが、とりわけスネアドラムの使い方が秀逸で、スネアを張らずにppで遠くからの音のように聴かせたり、スネアを張ってffでジャカジャカ叩いたり、うまいなーと。
こういう曲は、CDだけだと見えてこない部分が多くあり、実演を聴く(観る)ことが大事ですね。

そしてまた無知で恥ずかしいのですが、チェコ民主化は1968年からさらに21年待たないといけなかったとのこと。
最後に鳴り響く『フス教徒の賛歌』は、武力干渉に対する怒りの表明なのでした。

この怒りのまま皆さんをお帰しするわけには、と下野さんがコメントされ、アンコールはもう一度『我が母の教え給いし歌』。編曲者の方も来場されていたので、拍手をするタイミングがあって良かったです。

プログラム全体を通して、いろんな愛の形を感じました。
祖国への愛。母への愛。
「愛」というと思い出されるのは、子どもの頃の日曜学校で習った、コリント人への手紙。

愛は寛容であり、愛は情深い。また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない。

 
ってやつですね。この「愛」の部分を自分たちの名前に変えて、このような人になりましょう。と教わったものです。
そもそも隣人への「愛」があれば武力侵攻などはないわけで、「愛」するものを守るために戦わないといけなくなる。「愛」とは、大切なものを守りたいという想いなのかな、と感じました。

それと、今まで何度もコンクールや定期演奏会プラハを聴いたけれど、ここまでわかってはいませんでした。単に迫力のあるメロディやリズムにハマっていただけでした。
今でもこの曲が吹奏楽コンクールで取り上げられているのかはよく知りませんが、演奏効果が高く、技術的に見栄えがするから、という理由だけで選曲されているなら残念です(名曲と出逢う入り口としては良いと思いますが)。

主席指揮者のことを、よくそのオケのシェフと呼びますが、この日のプログラムはよく考え抜かれたフルコースのようで、まさに下野さんのシェフっぷりに脱帽しました。
平和公園からも歩いて来れるこの場所で聴くことができて良かった…。

最後に「次回定期は普通の曲しますから」って言われた下野さん、可愛かった。


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